熱海の旅館が変わってきている。一昔前まで新婚旅行や社員旅行の御用達地だったのが、
時代の流れについていけず、店をたたむ老舗旅館が相次いでいた。
そこに登場したのが、アジアン型リゾートホテルや都会の高級マンションを模して、
ターゲットを若者・女性にも向けた滞在型建築物だ。
先日、私が泊まったのは高級マンション型だったのだが、まず入口が分らなくてフロントに電話してしまった。
スリットガラスが一本だけ入った黒光りしたドアは壁の一部にしか見えなかった。
部屋はと言えば、億ションの最上階かと見まごう全面ガラス張り・オーシャンビューのジャグジーバスに、
バーコーナー付のベッドルーム(心配な方の為に、バスの壁面にはちゃんとブラインドが付いています。)
バスに備えてあるシャンプー・コンディショナー・シャワージェルは全て、フランスのロクシタン社製で、
香りを吸い込むと心ははもうプロバンスの草原に飛んでしまいそう。
夜遅く着いたのでホテルの夕食にありつけず、ぶらぶらと寛一・お宮の松の前を歩き、
まず観光客は行きそうもない裏路地へと足を踏み入れると、猫が足に纏わりついてきた。
その猫の家と思われる店に入ることにした。
入口の水槽にはガラスが見えないくらいに多種の貝がへばり付き、客席はカウンター六つだけという
まさに地元の居酒屋だが、店主は気さくな人で温かく迎え入れてくれた。
自分の気に入った貝を手づかみで引っ剥がし、店主に渡してお任せ料理を作ってもらう、
出てくるまでのドキドキ感がたまらない。
ふとカウンターを見ると七色に光る干した魚のひれが並んでいる。
それはなんとカサゴのひれ。カサゴと言えば煮付けと塩焼きしか思い浮かばないが、
フグのひれ酒と同じ要領で飲めるというので、早速頼んでみる。
フグのそれよりは淡い香りの上品な飲み口で、初体験でとりこになってしまった。
最新のホテルに泊まり、昔ながらの変わらない味を楽しむ。
新旧マッチした熱海の夜は、ロクシタンとカサゴの香りとともに更けゆくのでした。